症状 思考 日記

気分変調症の、症状、思考、日記

想像

子どものころからそうなのだけど。

 

自分の将来が全くイメージできない。

想像できない。

 

子どものころ、「私の、将来」というものは思い描けなかった。

どんな職に就きたいとか、どんな人間になりたいとか、どんな家に住んで、どんな日常を送るとか。

全然思い描けなかった。

想像力がなかったのか、欲がなかったのか。

たぶん両方。

 

ただなんとなく、「みんなと同じように」どこかで働いて、

結婚はたぶんしなくて、子どもは持たないだろう、と思っていた。

その思考内容自体漠然としているんだけど、なんというか、その像は「私」固有の像でなく、「one of them」なんだ。自分のことなのに。

「みんなそうしている(大人になったら働いている)から、私もそうする一員になるんだろう」っていう、認識。そして具体性はない。

 

そんな感覚が、ずっと続いている。

今も変わらない。

自分の将来が、具体的に全然想像つかない。

 

ただ、ぼんやりと感じている。

自分の将来は、暗いものだろうっていう。

 

・・・この認識は症状的なものなのか。どうなのか。

疲弊

疲労というタイトルは以前使ってしまった。今日は疲弊。

 

何度も何度も考えてしまって、その蓄積で自分が疲弊してしまっている、そういうテーマ。以下。

 

・働かなくちゃいけない。

 

・フルで働いていない自分は劣っている、あるいは怠けている。

 

・フルで働き続けるにはたいそうな「人間力」が要る。それが自分にはなさそう。

 

・自分ができる仕事は薄給だろう。

 

・その薄給で、独身で、40代、50代、60代・・死ぬまで、どうしたらいいの。人生長すぎる。

 

・人が怖い。

 

・特にやりたいこともない。人生長すぎる。

 

 

うまくいってるとき(たとえば何でもないふうに就労移行に通っているとき)は、そういうことを考えないように、見ないようにしている。

でもこれらの問題はいつもすぐそばにある。

そしてこれまで散々触れてきて、私は疲弊した。

だからまた触れれば、すぐに動悸が始まる。

何も変わっちゃいない。覗きこめば、すぐにまた引き込まれる。

Drug Holiday

性感、の記事で書いたけど、薬を飲み続けていて、性機能障害が生じている。

 

・欲が低減

・感度も落ちる

 

それで、ドラッグホリデーを設けようかと思うようになった。

ドラッグホリデーとは、行為が予定される数日前から薬を抜くこと。

 

で、実践してみた。

私の場合、

朝の薬(エビリファイ)を予定日の2日前の朝から抜いた。

就寝前の薬(クエチアピン)を予定日の前日抜いた。

抜く日数は、それぞれの薬の半減期を考慮して、自己判断。

 

結果。

・気分的には少しよくなった(その気になりやすくなった)気がした。

・感度(挿入前の全身感覚)は変わらないか、少し良くなった。

・感度(挿入中の内部感覚)は変わらないか、少し悪くなった。

・感度(達した時の感覚)は変わらない。

 

うーん、「明らかに抜いた方がいい!」とはならなかった。

残念だ。

 

ただ、今回クエチアピンを前日の夜抜いたことでうまく眠れず、それにより当日のコンディションが万全でなかった。

今度はクエチアピンは抜かないでおいてみる。

「仕事」

「年が明けたら、仕事を探します」と、いろんな人に言ってまわっている。

 

だけど方向が決まっていない。

揺らいでいる。

 

障害者雇用枠を狙うのか、一般枠か。

事務職か、そうじゃないのか。

 

いずれにしても、不安ばかり大きくなる。

 

一般枠のフルタイムの正社員なんて、どんな大変な仕事になるの。

障害者雇用、足元を見られて、薄給で酷使されるんじゃないか。

事務って何やるのかよくわからない。よくわからない曖昧な状況は怖い。

人間関係も怖い。

集団に所属することが怖い。

 

こわいこわい。

自分には何もできない気がする。

 

不安ばかり大きくなって、自分ではどうしようもない感じがしたので、とりあえずカウンセリングの予約を入れた。明日心理士に会う。

でも何を話したらいいのかもわからない。

何を不安がっているのかを整理するのに使ったらいいんだろうか。

 

不安をむくむくと育ててしまって、手におえない。

 

思えば学生の頃、就活していたときだって不安はあったはずだ。

だけど当時は、タイミングとして就活する年だったし、まあなんとかなる、というより、なんとかするしかないだろう、と思えた。

 

だけどそのタイミングを逃してしまった。

強制的な、タイムリミットはない。ないから、放っておけばどんどん不安を育てることはできてしまう。

どっかで区切りをつけなくちゃいけない。

 

人間がこわいよう。

イヤーピース

今日は、以前から立てていた予定が2件あった。

 

起きてみたら、なんとなく、何もする気が起きなかった。

洗濯を少しだけした。

 

行く予定だった2件はどちらも行かなかった。

 

憂鬱だ。こういうときは散歩だ。夕方。

 

日が暮れてから外に出た。買い物ついでの散歩。

椎名林檎を聞くのがよいと感じられたのでイヤホンを耳に入れようとしたら、片耳のイヤーピースが無くなっていた。

シリコンの、ふにふにしたやつ。あれがない。

 

あんなにちっこいパーツなのに、あれがないというだけで私の散歩は駄目にされた。

片耳から、雑音が入ってくる。

追い抜かす車。後ろのおばさんの声。自転車のスタンドを蹴り上げる音。

うるさいうるさい。私の散歩を返せ。

 

買い物を済ませて、家に帰って、イヤーピースをつけて、また外に出た。

やり直しの散歩だ。

というかもうバスにでも乗っちまえ。どこか行く。

 

と思ったのに、いいタイミングでバスが来ない。

なんでこないんだよ。

うまく事が運ばない。

味方はさっき買ったチョコレートだけ。

 

仕方ないからタリーズロイヤルミルクティーを飲んだ。

カップの蓋に、キャラメルソースがついていて、そのにおいがしつこくまとわりついた。

店員に言って替えてもらおうかと思ったけど、面倒でそのままにした。

 

本を少し読んだ。

本の中の主人公も鬱々としていた。

 

重複うつ病についてのいくつかの調査結果引用

慢性うつ病の精神療法ーCBASPの理論と技法(2005年出版、マカロウ原著)を読んでいる。

 

CBASPとは気分変調症を含む慢性うつに対して効果があるとされている精神療法のこと。

 

本書は3部構成である。

第1部は慢性うつ患者の精神病理についての解説。

第2部はCBASPの方法と手順について。

第3部はCBASPの歴史などについて。

 

いまのところ第1部のみ読んだ。

 

 

そこに記述されている「重複うつ」についての研究結果をいくつか挙げてみる。

※「重複うつ」は、気分変調症を持っている人がうつ病(大うつ)も重複して発症している状態である。

※本書は2005年に出版された訳書であり、原著はそれ以前のものであるわけなので、いまとなってはさらに新しい知見が出ているかもしれない。

 

①重複うつの患者は、治療にかかわらず、大うつは寛解し、もとのレベル(=単なる気分変調症)に戻る。

→これは朗報だと思った。放っといても大うつは寛解するのだ。が・・

 

薬物療法と精神療法を長期かつ積極的に行わなかった場合、気分変調症が続くだけでなく、大うつエピソードの再発を引き起こしやすくなる。

→再度の大うつの予防という意味ではやっぱり治療はした方がいい。そして一度大うつから回復した後も治療は続ける必要がある。

 

③気分変調症が先行した大うつの61%は1年以内に症状の再発が認められる。

 

④薬物治療された重複うつ患者のうち、97%が大うつからは回復するが、気分変調症からも回復するのは39%である。

→「大うつの寛解を得るのは気分変調症の寛解を得るよりずっと簡単である」。

 

⑤重複うつ患者は、気分変調症のない(=重複でない)うつ病患者と比較するとより早く大うつから回復するが、再発する期間もより短い。

 

 

やっかいである。

「そんなの、気分変調症でも大うつにならなきゃ大丈夫じゃん」と思いたいところだが、

「気分変調症の患者の90%は、一生の間に大うつを1回以上経験する」ことも明らかになっているそうだ(Keller, 1988)。

 

気分変調症である以上、大うつになるのは覚悟しておかなくちゃいけん。

そして治療はやはりした方がいい。

 

最近禿げてきた、とかそんな話じゃなくて。

 

買い物の話。

 

この秋はここ数年のうちで一番よく服を買っている気がする。

最近はもう寒いので、店でニットを見ていると。

安いものは2000円代で買える。ただし、材質は化繊。毛じゃない。

毛100%であったかそうなやつは、安くても5000円くらいする。

 

今の私は、トップスに5000は出せない。

結局、毛が3割くらい入ってる、3000前後のものを買ったりする。

(100%化繊の、値段高めのものを見つけると、勝った気がする。ささやかなよろこび。)

 

ほんとうは毛100%のあったかいやつがほしい。

ダウンだって、100%のやつがほしい。(今日買ったのはフェザーが50%も入ってるやつ)

 

ここ5年くらい、毎年毎年、「来年こそは、質の良い服を買おう」と思っている。

結局、今年も達成できず。

 

寒いなあ。